2021年10月 Paddy Moloney氏のご逝去の報に接し心から哀悼の意を表します。
こちらのレポートにあります通り、私達は2007年来日の際に初めてお会いさせていただきました。快く日本のパイパーズクラブの名誉会長を受けていただき、以来数度に渡り交流させていただいたことは、日本のパイパー達にとって、かけがいのない思い出となっています。本当にありがとうございました。
Pipers Road to Paddy
~ パディと会った日 パイパーズクラブ第1回活動レポート ~
2007年6月10日
Written by 内野貴文
All Photos by 梁池真世
ミレヨタタタ~ミレヨタタタ~
と、古曲 Brian Boru’s Marchで、始まった2007年チーフタンズ日本ツアー。
今、ステージ上にいる、最高のパイパーと会える日が近づいていることを感じながら見ていた、初日の東京渋谷コンサート。
パディ モローニー 僕の中では、揺るぎない King of Piper。
個人的には初めて生で見て、聴きましたが、
出てくる音のすべてが、もう、パディパディで、だれにも真似できない魅力的な音。やっぱりこの人はものすごかー。
さて2007年3月 日本のイーリアンパイパー達の間で、Japan Uiellieann Pipers Clubが結成されました。
事の発端は本HPの管理者濱口さんが実現させてくれた、ルナサのキリアン ヴァレリーによるパイプワークショップでした。その時集まった4人のパイパー達は、パイパーズクラブを作ろうと話しあい、今度はパディに会いたいなー、という声も誰からともなく上がりました。よし、パイパーズクラブ最初の活動は、パディとのセッションにしよう、と誓いあった4人。
そして、たくさんの方にご協力を頂き、パディとの会合が本当に実現することになりました。直前に決まったので、それからは準備で大あらわ。チーフタンズと共演したハイランドパイプの山根さんに色々とアドバイスを頂き決めた目標、それは「パディに我々パイパーズクラブの名誉会長になってもらおう!」
パイパーズクラブのWeb上の掲示板でも大盛り上がり。何かプレゼントを、何の曲をやろうか等と、決めなければいけないことがけっこうあります。
坂田くんと内野は、度々パディ会議を行いました。場所はいつも、東京中野にある「タラの丘」アイリッシュバー。ふたりで綿密に話し合うつもりが、いつの間にかマスターのセレクトによるごキゲンなBGMを肴に、飲み過ぎてしまう事もしばしば。度々フラリと現れるフィドラー田村さんも交え、パディ会議はいつも夜中まで行われました。
そんなこんなで、あっという間にその日がやって来ました。さて、どうなることやら。
2007年6月10日、その日はツアー終盤、最高の盛り上がりを見せた東京すみだトリフォニーのコンサートでした。
終演後すぐにパディの楽屋に向かう、日本のイーリアンパイパーは総勢6名。北は北海道から南は京都まで、全国のパイパーがこの為に集まってくれました。みんな手に汗にぎりながら、楽屋口へひた歩きます。
まさにPiper’s Road to Paddy.
着きました。
プランクトンの方がパディの部屋に呼びかけてくださり、
パディが楽屋から出て来てくれました。そして
「Welcome!」
ですって! ひえー、本当にいいのかしら。ああ、パ、パディだー。
みんな思い思いに挨拶を交わし、いざご対面。
もう完全にみんな、頭の中はピヨピヨ、お口パクパク。
まずパディは自分のパイプを出してきて、我々にも楽器を出すよう勧めてくれました。
「僕のセットはロウサムのチャンターに、ギャラガーのボディだよ」と解説してくれ、僕たち一人一人のチャンターを手に取って、そのまま吹いて、調子を見てくれました。
まさに神の息吹が今。
日本初のイーリアンパイプス製作家、松阪さんの作ったチャンターに興味津々のパディ。
このチャンター、実は鶴橋さんが購入されたばかりのものです。急遽持って来ていただきました。
ここで、この日のコンサートでもハイランドパイプでゲスト出演された山根さんが加わり、
みんなで写真を撮りましょうのコーナー。
山根さんも今度はイーリアンに持ち替えて
パディと一緒に記念撮影。みんなそれぞれに、いろんな表情をしています。
僕はなぜかピースをしています。おはずかしい。
そして「さぁっ、何か一緒に演奏しよう」とパディからうれしいお誘いが。
待ってました!
セッションになったら一応みんなで出来る曲を、ということでBrian Boru ‘s Marchを練習しておいたので、提案してみると、すぐに「Oh-!」とパディが吹き始めました。
「ミレヨタタタ~ミレヨタタタ~」
ほえぇ、と聞き惚れてしまう僕たち。
このヨタタタ~という音、冒頭の文でも出て来て、何なの? と、思われるかもしれませんが、
チーフタンズのCD 「Chieftains 2」と「Tribute to Derek Bell」に、この曲が入っているので、ぜひ聴いてみて下さい。きっとこのように聞こえます。
やっぱり真似出来ない、この音。
途中でハッと我に返って、後について行く僕たち。
この大好きな曲を一緒に出来る日が来るとは。うーん、なんて幸せな瞬間。
みんなのドローンが重なって、気持ちよくて、もう、トリップしてしまいそうです。あぁ、顔がにやける。
ひとしきり終わり、僕たちとの演奏を喜んでくれるパディ。
「今度は君たちもコンサートに出てくれ」なんて、うれしい冗談まで言ってくれました。
「さぁ、もっとやろう」 とテンションが上がってきた様子のパディ。
ダンスチューンを次々と繰り出して来ます。
知っている曲があったので、僕は飛び込みました。
気がつくとパディと僕の二人だけになっていました、ひえぇ緊張するー。けど、うれしい。
パディは「この曲はSteam Packet、ラブリーなチューンだよ」と教えてくれました。
イエース、ザッツラブリーです。
他にもいくつか素敵なチューンを吹いてくれましたが、聴きほれている間に終わってしまった曲もありました。入っておけばよかったなと、ちょっと後悔しています。
その後、濱口さんがSilver Spearというリールを始めると、今度はみんなで入ることが出来ました。
「Lovely!」連発のパディ。
途中でマット モロイやケヴィン コネフ、その他の出演者も何だ何だ、と見に来ました。
突然パイプの大合奏がはじまったのですから、気になりますよね。
最後にGile mearというチーフタンズのコンサートでも歌われている曲をみんなで演奏し、セッションは終了
になりました。
この時点で、僕たちに残された時間は残りわずかになっていました。
この日の為に用意した、坂田くん力作の名誉会長色紙にサインをもらうべく、話しを進めます。
Honorary Chairman(名誉会長)と書かれた色紙を見て、「Oh-!」と、うれしはずかしそうな様子のパディ。
そして、サインしてもらう為に用意したペンのふたが何故か取れなくて、あせっている僕と坂田くん。妖精のいたずらだったのかな。
プランクトンの方が別のペンを貸してくれ、なんとか無事にサインを頂くことができました。
パディに認めてもらったことで、パイパーズクラブが本当に立ち上がったという実感がみんな持てたと思います。
他にも坂田くんが作った、パイパーズクラブの活動内容や方針を記した書類も差し上げました。
京都より来てくれた松阪さんから、ご自身作の大小のウィッスルをプレゼント。
ペンダントになっている小さいウィスルもちゃんと音が出ます! これにはパディも大喜び。
そのうちコンサートでも吹いてくれるかもしれませんね。
ぼくは半分ジョークで、名誉会長の名刺を作って来たので渡すと、大笑いしてくれました。
楽しい時は、あっという間。
もう、お別れの時間です。
それぞれに別れの挨拶を交わします。
By now Paddy! We love you!
あっという間の20分間でした。
しばらくみんな放心状態。
パディに会っての感想。
音を聞いただけで、パディだ、とわかってしまう
魅力的なその音は、パディのキャラクターそのもので、
とても楽しく、そして時にはせつなく、でもとにかく、とてもよく歌うパイプの音色が心に残っています。
僕たちとセッションしている時の、パディのとても楽しそうな顔が、パイプに対する思いをそのまま
伝えてくれていたのだ、と感じました。それによって僕たちの緊張の糸もほぐれ、あんなにも充実した時間を過ごせたのだと思います。
いつまでも元気で、ずっとパイプを奏でてほしいものです。
僕たちのパイパーズクラブもこれからです。
パディと一緒にセッション出来たことを糧に、成長していきたいと思います。
とてもお忙しい中、会ってくださって、本当にありがとうございました!
最後に、このような大変貴重な機会をご了承頂き、ご協力くださいましたプランクトンの皆様、
実現の為に、ご尽力下さいましたアイルランド大使館、田村拓志さん。又、その他大勢の方々にご協力頂きましたことを心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。